想定の外側——マップに色が付いていなければ、備えなくていいのか
ハザードマップを開いて、自分の家に色が付いていなかった。
ほっとする瞬間だと思います。そして、こう思います。
「うちは大丈夫そうだから、備蓄もそこそこでいいかな」
この記事は、そこを少しだけ立ち止まる話です。ただし「マップは当てにならない」という話ではありません。むしろ逆で、マップをもう一段くわしく読む話になります。
そのマップが何を考えていないかは、図に書いてあります
洪水浸水想定区域図には、たいてい小さな注記が付いています。
たとえば鶴見川水系の洪水浸水想定区域図には、この想定が何を含んでいないかが書かれています。
- 支川(本流に注ぐ川)の決壊
- 想定を超える規模の降雨
- 高潮による氾濫
- 内水による氾濫
想定の外側は、隠されているわけではありません。図のどこかに、何を計算に入れていないかがきちんと書いてあります。
色が付いていないのは「ここでは水が出ない」という意味ではなく、「この条件で計算したら、ここは浸からなかった」という意味です。条件が変われば結果も変わります。
とくに内水氾濫は、川から離れた内陸でも起きます。洪水の地図で白かった場所が、内水の地図では色が付いていることがあります。ハザードマップポータルサイトで、種類を切り替えて見ておくと分かります。
「範囲外だから大丈夫」が、犠牲につながった例があります
東日本大震災のあと、被災した釜石市から内閣府の教訓検討会に提言が出されています。
そのなかで、津波ハザードマップの作り方についてこう書かれています。
当時のマップは、過去に実際に起きた3つの津波をもとに、いちばん広い浸水域を避難対象区域として作られていました。過去最大であって、将来の上限ではなかった、ということです。
同じ提言には、津波警報についての記述もあります。当初の予報が3mだったため「津波は防潮堤を超えないと自己判断し、避難しなかったことにより犠牲となった方が多くいたと推定される」と。
どちらも「可能性がある」「推定される」という書き方で、数字が示されているわけではありません。ここでは断定せず、そういう指摘が公式の場に出された、という事実として受け取ってください。
この経験から生まれた防災教育の合言葉の1つが、「想定にとらわれるな」です。
それでも、マップを見ない理由にはなりません
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
和歌山県教育委員会の「防災教育指導の手引き」には、津波浸水予測図を子どもたちとどう扱うかが書かれています。授業では「この図はある方がよいか、ない方がよいか」を議論させます。
そして教える側の整理として、利点と問題点の両方が挙げられています。
| 手引きの言葉 | |
|---|---|
| 問題点 | 浸水予測図の想定にとらわれてしまう |
| 利点 | 過去の津波の経験をもとに災害の規模をとらえる目安となる |
和歌山県教育委員会「防災教育指導の手引き」(平成25年3月)より。
授業のねらいとして書かれているのは、「安全を保証するものではなく、ある想定に基づいて作成されたものであることを理解したうえで、その活用を考えることができたか」です。
捨てるのでも、鵜呑みにするのでもなく、何に基づいた図かを分かったうえで使う。公的な教材が置いている立場は、この真ん中でした。
では、日数はどう決めるか
ここから実利の話です。備える量の決め方が、少しだけ変わります。
やることは1つで、想定ちょうどに合わせないことです。
水害で家から出られない日数は、浸水継続時間という別の数字で決まります。階級で示されていることが多いので、こう考えます。
- 継続時間が「3日間」の階級なら、3日分ぴったりで止めない
- 色が付いていない家なら、ゼロではなく、最低線は持っておく
想定は最低線なので、そこにぴったり合わせると、想定を超えた日にちょうど足りなくなります。1つ上の階級で見ておくくらいが、判断としては素直です。
浸水継続時間をどこで探すかは、ハザードマップに「何日分いるか」は載っていないにまとめてあります。配られているマップには載っていないことが多い数字です。
ただし、日数の話にならない区域があります
最後に、これだけは確かめてください。
ハザードマップには浸水深とは別に、家屋倒壊等氾濫想定区域が指定されています。堤防が決壊したときの流れで建物が倒れたり、川岸が削られて地面ごと失われたりする範囲です。
この区域は「屋内での退避ではなく、早期の立ち退き避難が必要な区域」とされています。
ここは備蓄を何日分持つかという話になりません。建物が残らない前提の区域なので、在宅避難そのものが選択肢から外れます。備蓄より先に、どこへ向かうかを決めておく必要があります。
逆に言えば、それ以外の多くの家では、在宅で過ごす日数をどう見積もるかが備えの中心になります。その見積もりを、想定より少しだけ広く取っておく。この記事で言いたいのは、それだけです。
出典
洪水浸水想定区域図が考慮していない条件(支川の決壊・想定を超える降雨・高潮・内水による氾濫): 国土交通省 京浜河川事務所「鶴見川水系洪水浸水想定区域図」
「この浸水域が自分の家は浸水範囲外だという安心マップになってしまい多くの犠牲者をもたらした可能性がある」、および津波予報3mによる自己判断についての記述: 内閣府 東日本大震災教訓検討会 第9回 資料8「被災地釜石市からの提言」(野田委員提出資料)。同検討会のページ/資料(PDF・約0.4MB)
津波浸水予測図の利点と問題点、「安全を保証するものではなく、ある想定に基づいて作成されたものであることを理解したうえで、その活用を考える」、および避難三原則の1つ「想定にとらわれるな」: 和歌山県教育委員会「防災教育指導の手引き」(平成25年3月)。手引き本文(PDF・約5MB)
各種ハザードマップ(洪水・内水・高潮などのレイヤー切り替え): 国土交通省「ハザードマップポータルサイト」
家屋倒壊等氾濫想定区域の説明(「屋内での退避ではなく、早期の立ち退き避難が必要な区域」): 横浜市「浸水ハザードマップ(港北区)」
最終確認日: 2026年9月19日
蔵太郎のひとこと
「色が付いていなくても、少しだけ多めに見ておくと安心です。想定はいちばん低い線で、上限ではないんですよ」